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彼女はもちろん

私に

特別な感情を持つなんてことはありえない。

とにかく

世間一般にイケメンといわれるような

カッコイイ男子が大好きで

芸能界で目立つ

アイドル、俳優たちを

話題にあげては

かっこいい かっこいい

などと騒いでいる。



実際彼女は

とてもモテたけれど

自分から好きにならなければ

絶対に付き合おうとしなかった。

彼女を口説こうとする人はたくさんいたようだけれど

そんな理由のもと

私が彼女と知り合った2007年の春から

彼女には彼氏がいない。



でも

彼女自身が好きになる人が現れれば

きっと

ものすごくのめり込む。

メールが返ってこない

だとか

ケンカをした

だとか


きっと聞かされるんだ。


彼女とどうこうなりたいと

望んでいるわけでないけれど

そういうことを想像すると

果てしなく気が重くなる。




‥嫉妬かよっ!

自分の心の狭さを毒づきながら

ぼんやりと

考えてみる。


極論

例えばある晩に

青ざめる彼女の手を引いて

薬局に行って妊娠検査キットを買う


そんなことができるくらいに

ならなければいけない。



きっと私は

そういう存在だ。

18

かくして

数日間とはいえ

私たちは日本を離れた。



南風が冷たく

北風が暖かい場所。



お互いの趣味や趣向が違うから

日程を二分割した。

半分は

彼女の行きたいところ・やりたいことに付き合う。

もう半分は私に合わせてもらう。



○○





起こることすべてが

楽しかった。

彼女と私は小さいことでもゲラゲラ笑い

良く動いた。

少しの日数で

クタクタになるほど動き回った。






仕事のストレスから解放されて

朝から晩まで二人きりで



彼女の希望で

動物を見たり

ひたすらショッピングしたり


私の希望で

森を散策したりした。





ここまで密に二人きりになることは

さすがに初めてだったけれど

まるで昔からそうしてきたかのように

二人の時間はごく自然に流れていった。




笑いが絶えなく

空気や

音や

におい




すべてが心地よかった。





彼女にとって旅行が負担とならないように

私は気を配り続けた。

荷物を持ったり

ホテルでバスタブに湯を張ったり

コーヒーを淹れたり

料理をオーダーしたり


でもそれがまったく苦にならなくて

内心苦笑した。



自分がここまで甲斐甲斐しいとはなぁ。

元彼にだって一度も尽くしたことないのに。



彼女のためにはなんでもできる。

すきだから。




○○

17

彼女は

海外にあまり行ったことがなかった。

社会人になった年の夏に

南国のリゾートに行ったことがあるらしい。

それだけだ。





「せっかく長期休みとれるんだから海外行きなよ」

といつも言うのだけれど

しきりに

「コワイ」とか「そんな勇気ない」とか

ダダをこねた。




私は

学生時代に旅行によく行った。

必死にバイトをして

節約して

やっと貯めたお金で

アメリカも

ヨーロッパも

アジアの小国も

とにかく貧乏旅行に精を出した。


夢かなって

短期ではあるけれど

留学も果たした。





世界の広さに出会って

受けた衝撃は

言葉に表せない。

漠然とした大きなものに飲まれ

ドキドキして

自分の小ささを知る。











だから彼女に、それとなく何度か勧めた。

海外に行ったら

絶対イイ、と。





ただそんなの、全員がそうとは言えない。

でも彼女は絶対イイと思う。

私はそう確信していた。

間違いなく自信がある。






  ○○  ○○  ○○





冬のある時期に

彼女が休みをとることが決まった。

課内で決めたらしい。



「休み、合わせられないの?」

と聞かれた。



正直言って

その時期は超・超忙しかった。







でも‥‥‥



ここで合わせられなかったらどーする!








休みを即決。






彼女に

世界を見せてあげたい。





私は願望に負け


煩悩に負けた。







海外行こうよ

と私が言うと

彼女はダダをこねなかった。

海外コワくないの?

と笑いながら聞いたら、

真顔で、ただ、加えて甘えるように答えられた。

「green_labelが一緒だったら、イイ」




クッソー。

そんなに私の心臓に矢を放つな。




「テロがないとこだったら、どこどもいいよ」


小さな声で、彼女はつけ加えた。

16

会社帰りにご飯に行ったり



休日に映画を観に行ったり



コンサートに行ったり



近郊を、あてもなくJRに乗ってミニ旅行したり



アミューズメントパークに行ったり





私たちは



本当によく一緒にいると思う。






一緒にいる時間に


彼女が口にした言葉や


しぐさは


私の記憶にはっきりと


刻み込まれてゆく。





そしてその記憶は




彼女と一緒にいなくても






私を惹き付けて離さない。








** **


まだまだ寒い時期




彼女と長期の旅行に行くことになった。



** **

16

誕生日が近い。

そういえば、年女だったな。

年賀状の習慣が薄れてから、

干支を意識することもなくなってしまった。

むなしいことだ。







彼女の年齢に追いつく。

そんなに長くはない、同い年の期間。

プレゼントなんていいから、

“おめでとう”と

一言もらえれば



私はしあわせもんだ。


 ** ** **

15

「大好きな曲だったから。」



ステージのアンコールで

最後の最後に歌った曲、

それを指して、彼女はつぶやいた。

表情豊かな彼女だけれど、

まさか泣くとは思わなかった。



私はなんだか

かける言葉が見つからなかった。



よく分からないけれど、

彼女の涙に

胸が

いっぱいになった。



好きだから。

好きな曲だから。

だから彼女は涙を流した。

そのことがなんだか無性に羨ましくもあり、

歯がゆくもあり、

そして


愛おしかった。







** ** **




言っておくが

私は、

彼女に触れたいと思ったことなどない。



ただ、少しでも一緒にいたい。

やりたいことはやらせてあげたい。

オーロラが見たいと言ったら

北の涯てまで連れていくし、

そこで彼女が「寒い」とぐずったら

必死で暖をとるし、

彼女が助手席で寝ても

どこまでも運転するし、

‥‥


欲しいものはあげたい。

高価なものでなければね。



どんなわがままも聞いてあげる。

何よりも、彼女の笑顔が見たい。

それだけである。




 ** ** **




彼女に涙を流させた、彼女の大好きな曲は、



10年以上前に

大ヒットして、

CDが何百万枚も売れた。

そのアーティストの

代名詞のような曲だった。



私はそれまで

売れまくった曲より

隠れた名曲ばかりを聴いていたから

売れた反動でその曲もそんなに好んでいなかったけれど



2008年のクリスマスイブの夜から



何度も何度も

聴いている。

 ** ** **

14

2008年の

クリスマス・イブ、

東京は気味が悪いほど

寒くならなくて

ホワイトクリスマスには程遠かった。

もう

関東で

ホワイトクリスマスを迎えることは

死ぬまで二度とないかもしれない。

そう思うと

なんだか悲しくなった。




彼女に言ったら

「うそー」

なんて言っていたけれど

あながち嘘でもない。

関東ではどんどん

雪が降らなくなっている。








2008年のクリスマス・イブ、

私は、彼女と一緒に過ごした。



**

時を遡って10月半ば、

私のもっとも好きなアーティストの

ライブチケットが手に入った。

日にちは

12月23日 と 12月24日。


23日は

ファンの友人と。



24日は

‥‥‥

困った、そういえば平日だった。

相当早く退社しないと

間に合わない時刻。

余っているチケットは1枚。



その頃は彼と別れたばかりで

イブだからといって

誘う相手もいなくて

少し考えた。



そのアーティストは人気が高くて

「コンサートにつれてって」と

たくさんの友人から

リクエストを受けるほどだった。



友人たちの顔が頭に浮かんだ。

同時に彼女の顔が、浮かんだ。

彼女はミーハーで

ノリやすいけれど

移り気で。

前に彼女も

「コンサート行きたい」

なんて言っていたっけ。


その熱意は

他の友人の方がずっと強かったのだけれど、

ホレた弱みなのか。

ひととおり思案して

私は結局

彼女にメールした。





**


彼女はとても乗り気だった。

私は

彼女にそのアーティストを見せてあげられることが

とても嬉しくて、

というより、

感動を共有できるだろうことに、

胸が高鳴った。

セットリストを予想して、

彼女にCDRを作って渡した。

予想したことだけれど

彼女は私が期待するほど

盛り上がってはいなかった。

多忙を極めていた彼女は、

早くに退社できるかどうかに、

すっかりてんやわんやになっていた。

でも、そんなの分かりきっている。

彼女の嗜好が移り気なこと。

熱しやすく冷めやすいこと。

一年以上、毎日会っていたら、

そのくらい分かる。





彼女といられればいい。

私は私で楽しむから、

少しでも、

ほんのひとかけらでも、

彼女とその空間を共有できたら、

それだけで、私はいいのだ。

しかもクリスマス・イブに。





**

当日、

すべての曲が終わって、

アーティストがステージから去った。

彼女はどう思ったんだろ。

ステージに夢中で

まったく彼女のことを気にかけてなかったな。

「どうだった?」

ステージの余韻に浸りながら

ニヤニヤ顔で彼女の顔を覗いて

驚いた。










彼女は


静かに涙を流していた。




**